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俺の拳が天を打つ

 ヤツが、人のものならぬ声を上げて吼えた。その雄叫びと同時に突き出された腕をかわし、俺は身を翻した。ヤツの腕を捕らえ、肩に背負い込む形をとる。そのまま俺は腰を入れてヤツを投げ飛ばし――たつもりだったのだが、一瞬遅かった。右足で踏み止まったヤツはその左膝を思い切り上げて俺の背を打った。背、と言うよりは腰の辺りになるだろうか。俺はバランスを崩して膝から崩れ落ち、捕らえていたヤツの腕を放してしまった。影と巻き起こった風で、ヤツが俺の上をひらりと飛び越えたのが判った。着地するや否や右足が繰り出されるのを感じ、俺は寝そべる格好で半回転しその蹴りから逃れた。仰向けの姿勢となった俺の眼前に、今度は手刀が振り下ろされる。
「ハアァッッ!!」
 気合と共に振り上げた左手でそれをなぎ払うと、俺は軽く背を浮かせ腹筋で起き上がった。ヤツは一瞬よろけたようだが、またも高く振りかぶった右手で空を切り、俺の顔面目掛けて叩き下ろして来た。咄嗟に身を捻りながら左腕で庇うと、まるで刃物のように鋭い爪が装束の布地ごと二の腕の肉を裂いたのが感じられた。
「痛っぅ〜」
 焼かれるような痛みの中ポタリと血が滴るのを見ながら身を屈めた。軽くヤツも背を丸めたのを確認し、頭突きを喰らわせる勢いで立ち上がる。立ち上がりざま右の拳を思い切り突き上げてやると、ちょうど胸元に命中し、軽くヤツの身体が浮いた。ざ、と一瞬だけ右足を引き、
「でやあああああっ!」
 すぐさま渾身の蹴りを入れてやると、ヤツはそのまま後方へ吹っ飛んだ。
 畜生、何で俺が独りでこんな目に遭ってんだ! アイツら一体どこで油売ってやがる!
 ヤツが起き上がって来ない内に、俺は切り裂かれた袖を右手と口で引っ張って縛った。いい加減な止血だが、しないよりマシだ。
「おっ、おにいちゃんっ!?」
 ヤツが後頭部をさすりながらのろのろと立ち上がったとき、俺の背後で悲鳴が上がった。嬢ちゃんがようやく戻って来たらしい。続いて耳に届いたのは前方から突進して来るヤツの荒い足音と、後ろから投げ掛けられる呪文だった。
 ヤツが間合に入る前に嬢ちゃんの呪文は俺の左腕に辿り着いたようだ。生温い粘膜みたいなモノが二の腕を包む。この治癒魔法、有難いシロモノではあるが、効くまでにほんのしばらく時間がかかる。その間は粘膜に包まれたトコロは自由に動かせない。痺れが走る。手首を飾る腕輪の重みがズンと身体に沁みる。
 俺は左手をぶらんと下げたまま斜め後ろに跳び退った。ヤツが地を蹴って両腕を振りかぶる。俺は背を反らして身をギリギリまで倒し、スライディングでヤツの下を潜り抜けた。ヤツが着地するより早く右手をついて飛び上がりざま身体を回転させ――――
「!」
 ヤツの肩越しに、嬢ちゃんと目が合った。俺はニヤリと笑って見せて、右手を伸ばす。手刀を思い切り首根っこに叩き込んでやると、ヤツは咆哮を上げてドサリと倒れた。
 ふ、と左腕が軽くなる。魔法が効いたらしい。二の腕をねっとりと包んでいた膜が軽い音を立てて蒸発した。
「っしゃあっ!」
 自由になった両手を揃え、堅く握り合わせる。ヤツが呻きながら頭を持ち上げて身を起こそうとしている。軽く浮き上がったヤツの後頭部に、俺は拳を叩きつけた。鈍い音とヤツの生温い血を拳に感じる。もう一度倒れこみ、今度こそヤツは動かなくなった。
 二秒後、曲がりなりにも人の形をしていたヤツの背に亀裂が入った。もうそろそろこの光景にも慣れたが、初めてコレを見た時には不覚にも腰を抜かしそうになったものだ。
 ヤツの背が割れ、肉が一瞬だけ露わになる。すぐにその身体全体がまばゆいばかりの光に包まれ――まともな人間ならこの光の強さに目を伏せずにはいられないから、実際のところこの『瞬間』に何が起こっているのか俺は見たことがない――瞬きを終えるとそこにはいつものように石っころが転がっていた。近寄って拾い上げるまでもなく、例の紋章が刻まれている。
「おにいちゃんっ」
 嬢ちゃんが、汲んで来たばかりの水桶を持って駆け寄る。無遠慮に手を突っ込んでばしゃばしゃと掻き回せば、拳に纏わりついた鬱陶しい血が剥がれ落ちて文様を描くかのように水に移った。
「……飲み水のつもりだったのですが」
 嬢ちゃんの後ろからオーが顔を覗かせた。目も鼻も口もついていないあの丸いのを顔と呼んでよいのなら、だが。一体どこから声を出しているんだか、いやそもそもこのお人形サンがどうやって動いているんだか、理屈をいくら説明してもらっても俺には理解できない。
 オーは、嬢ちゃんの連れている機械人形だ。
「いいじゃないの、お水ならまた汲んで来れるもの」
 嬢ちゃんがオーを嗜め、俺に手ぬぐいを差し出してくれた。
「ありがとよ。さっきもな。助かったぜ」
 言いながら俺は手ぬぐいを受け取り、ボロボロになった左袖を指差す。傷はすっかり塞がっていて、これじゃまるで俺が独りでやんちゃをして服を駄目にしたかのように見える。
「……また、出たのかの」
 オッサンの声がした。顔を上げて見れば姐さんも一緒だ。今頃来たって遅い。
「ほらよ」
 俺は手を伸ばして、さっきまで俺に襲い掛かっていた石ころを掴み、放り投げた。姐さんが空中で受け止め、まじまじと紋章を検める。そうしていつものようにオッサンに手渡した。
 倒したバケモノの成れの果てである石ころは、オッサンが全て保管している。オッサン――実年齢は知らないが、いかにも賢者の風格を湛えたこの老人は、一目見ただけでこの紋章が『誰の』ものであるかを見抜いた。以来紋章の『真の主』であるはずの男を捜すため、俺について来るようになったわけだ。オッサンの弟子であるという姐さんも然りである。
 それにしても、と俺はようやく揃った一同を見渡す。これだけ人数がいて、肉弾戦要員が俺一人ってのは、アンバランスにも程がないか? いくら傷なら嬢ちゃんが治してくれるって言っても。剣でも槍でも弓でも何でもいいからさ、攻撃に回れるヤツが欲しい。『彼のお方』がとっとと出て来て、でもって味方に回ってくれりゃあ儲けもんだ。
「ねえおにいちゃん?」
 嬢ちゃんが着替えを――用意のいいことに、俺の上衣の替えを持ち歩いていたらしい――荷物袋から取り出しつつ言った。
「どうして、おにいちゃんばかりが狙われるのかなあ?」
「俺が訊きたい」
 どうせ破れちまった服だ。引き千切る勢いで乱暴に脱ぎ捨て真新しい上衣を羽織れば、少し気分がさっぱりした。が、嬢ちゃんの、もっともな疑問には答えてやれない。俺にだって何の確信があるわけでもないんだから。
 ヤツらは必ず単独で現れ、狙うのはいつだってどういうわけか俺一人だ。他のメンバーがいたところで、見えているのかいないのか、真っ直ぐに俺目掛けて突っ込んで来やがる。オッサンや姐さんがいればそこですかさず火の玉なんかをぶつけてもらえるので、俺は楽ができるわけだが。
 で、トドメを刺してみれば、正体は石ころだ。しかも『勇者様』の紋付きの!
 勇者ってのは古今東西、悪を討つ正しき者の味方じゃなかったのか? 何だって俺様が付け狙われなきゃならんのよ?
 どんな形状だか一般の人間は知らないけれど、誰もがその存在は知っている『勇者の紋』。俺が倒した石ころに常に刻まれているそれこそが、伝説の紋章、勇者の証だそうだ。だが『紋章』を持つ人間は、ここ百年ばかり確認されていないと言う。もっとも公式には『紋を持つ石ころ』だって確認されていないわけで、どこかでひっそりと、それと知られずに勇者が生まれている可能性は大いにあり得る。そいつを見つけられれば、俺がこの紋付石ころに理不尽な目に遭わされている謎も解けようと言うものだ。
 要するに俺たちは、いるんだかいないんだか定かでない『彼のお方』つまり勇者殿を探して、当てもなく旅をしている一団なのだ。
「……オッサンよぉ。コレ、本当に勇者の紋なんだよな?」
 オッサンがいつもの皮袋に石を仕舞い込むのを見ながら、俺は言った。これが勇者の紋だと鑑定したのはオッサンだ。その大前提が誤りだったとしたら、俺たちはとんでもなく明後日の方を向いて旅をしていることになる。
「間違いない」
 自信たっぷりにオッサンは断言する。
「けどよお、勇者の紋ってのは、勇者の身体に出るから勇者の紋なんだろ? 石ころに出たりするもんかね?」
「逆じゃの」
「逆?」
「勇者の身体に出るから勇者の紋なのではない。勇者だから紋が出る。紋が身体に出るから勇者なのじゃな」
「はあ」
 頓知でも仕掛けられた気分だ。だったらこの石ッころは何だって言うんだ。
「確かに」俺の腑に落ちない表情を見兼ねて、姐さんが補足を入れた。「鉱物にこの紋が出るって事例は、過去報告されてないわ。ましてやそれが人を襲うなんてのはね」
「勇者と言うのは、魔を討つ存在なのですよね」
 オーが、襤褸切れ同然になった俺の服を手に取りながら言った。そうよと姐さんが頷くのを受け、何やら不穏当な視線を――ああ、目が無いから視線ってわけじゃないんだが、ともかくそんな気配を、俺に向ける。
「……どういう意味かな、オーくん?」
 言わんとすることが見えたので、俺はオーのまあるい頭をぐりぐりと両の拳で挟み込んでやった。奴にとっちゃ痛くも痒くもないことは承知の上だ。案の定涼しい顔――いやだから目鼻がないから、そんな雰囲気、ってことだが――で言いやがる。
「いえ、ですから退魔に付け狙われると言う事は」
「てめー俺がバケモンだとでも言いたいのかよ」
「とんでもない」
「……せめてこのおバカさんがねえ、いつドコでどうして襲われたか、なんてのをちゃんと記録しておいてくれれば調べようもあったでしょうに」
 とは姐さんの言い分だ。おバカさんとはつまり俺のことである。どこでどうして、か。そんなの。
「……いちいち覚えてねぇよ」
 嘘だ。少なくとも初めて襲われたときのことは鮮明に覚えてる。だが。
「石を取っておいただけでも手柄じゃよ」
 あまり嬉しくないフォローを、オッサンが入れた。
 話題を変えるため俺はオーに向き直り、奴の手の中にある布キレを指して言う。
「それ、直る?」
「そうですね……おそらく、今夜には」
「じゃあ頼む」
 この理屈も仕組みも俺にはどうしても理解できないのだが、オーは『物質再生』てのが出来る。何でもかんでも直せるわけじゃないらしいが、何て言うんだろ、例えばこの服なら一旦糸になる前の状態まで戻して、紡いで織って縫い合わせる、みたいなことが、出来るらしい。旅には金が掛かる。破れたからと言って新しい服を次々買うような余裕は俺たちにはないのだ。第一俺たちは今、どデカい買い物をするべく一致団結して倹約生活を送っている最中だ。
 尚、平行して身体を張った金儲けも鋭意実施中である。埋蔵金探しから害獣駆除まで報酬次第で何でもござれ。だからこそこんな辺鄙な山奥なんかにぞろぞろと足を運んでいるわけだ。
 どデカい買い物――俺たちが目標としているのは、五人乗りには一回り大きいくらいの、船だ。彼の勇者サマを探すべく大陸を出て海を渡るために他ならない。んでどうせならテメェらの船を持っちまった方が、航路だ何だを自由にできるって話だ。
 便利屋家業と節約生活の賜物で、あと一稼ぎすれば船に手が届くところまで来ている。ここらで一つ大ヤマを、と引き受けたのが、今回の仕事だった。カテゴライズするなら害獣駆除の一環と言っていいだろう。山に住み着いた得体の知れないバケモンをなんとかして来いってのが村長の指令だ。そうして俺たちは、もっと得体の知れないバケモンに襲われたりしつつ、山の奥を目指している。
 この山は見た目より随分大きくて深い。昨夜は中腹で野宿を強いられた。それから半日歩き続け、そろそろ飯にでもしようと水汲みだ薪拾いだと散会している隙に――石ころのバケモンが、出た。
 ヤツらの正体、なんてのはどれだけ議論しても答が出そうにないので、俺たちはとっとと食事にかかることにした。集めて来た薪に姐さんが火の玉を放って、その上で湯を沸かす。湯で戻すだけで食える乾燥食材を各種用意してあるので、大した準備は要らない。ちなみに使ってる鍋は姐さんの私物だ。魔法薬の調合にも使う特別製だとか言う。怪しげなクスリを煮込んだ鍋で食事ってのも冷静になってみるとぞっとしないが、とりあえず今のところ誰も不具合を起こしてはいない。
 カラカラになってる芋だの肉だのをそこらの大きな葉っぱに包んで湯に放り込むと、じわりと葉が開く頃には旨そうな匂いが漂って来た。旨いことには旨いんだが、正直なところあまり腹持ちが良いとも言い難く、肉体労働班の俺には多少辛い食事だ。それでも心なしか肉っけを多くしてくれているように見えるのは、ついさっき死闘を――ってほどでもないんだが――繰り広げた俺に対する気遣いだろう。ありがたいことだ。
 機械人形のオーは食事を摂らない。当然と言えば当然なんだが、やっぱり仕組みは解らない。加えてオーの手足は熱さを感じないので、煮えたぎった湯に手を突っ込んでは仕上がった食材を引っ張り上げて取り分けてくれるのが奴サンの役目だ。俺たちはそれを厚手の木の葉なんかに乗せ、小枝に刺して口に運ぶわけだ。
 そうしてひとときの休息を取っていると、バサ、と背後で音がした。俺は菜っ葉を飲み込みながら振り返る。匂いにつられて獣でもやって来ただろうか。もしや今回のエモノだろうか――――って、この馬鹿デカい影は何だ?
 樹の間から覗く目玉がこちらをねめつけていた。身の丈でおよそ俺の倍ほどもあるかと思われるそれは、堅そうな鱗でその身を覆い、重たそうな羽を背中から生やしている。ガキの頃に読んだお伽噺の挿絵が間違っていないのなら、これは。
「オッサン、あれ、龍、ってやつ?」
「そのようじゃの」
 動じたふうもなくオッサンは言い、俺の前に立ちはだかった。
 初めて――見た。青光りする鱗は所々苔生していて、持ち上げた両手の先には鋭く黒い爪が尖る。これが、龍。人語を解する、聖なるケダモノ。だが想像していたような神々しさは感じられない。そいつは鼻先で樹の枝を掻き分け、すり足で寄って来た。
「――何の、御用だろうか?」
 丁寧に膝を折り、頭を垂れてオッサンは言った。が、龍は聞いちゃぁいないと言った顔で、あろうことかその大きな手を振り下ろした。寸でのところで俺がオッサンを抱えて飛び退ったので、龍の爪は地面に深々と突き立てられる格好になる。
 コイツ、攻撃しやがった?
「下がれ!」
 俺の声に、皆ひと塊になって龍から距離を取った。立ち直ったオッサンが、俺の知らない幾つかの言語で龍に話しかけようと試みる。
「お師匠!」姐さんがそれを止めた。「コイツが、アレだわ! 村長の言う『害獣』です!」
 冗談だろ、と言おうとした俺の声は、ぶんと薙ぎ払うように水平に振られた龍の腕によってかき消された。オッサンを軽く突き飛ばす形で後方に下がらせ、自分は飛び上がってそれを避ける。姐さんが大声で補足した。
「見て、鏃が刺さってる」
 確かに龍の喉元には鈍く光る金属片が半分埋まっている。依頼主である村長の話では、村民で組んだ討伐隊が、文字通り一矢報いて得体の知れないその『害獣』に矢を打ち込んだと言うことだった。なにぶん暗がりで確認ができなかったが、命中したらしく『害獣』は咆哮を上げて山奥に戻って行ったという話だ。これがそのときの矢の先っぽなら、確かにコイツが俺たちのエモノということになる。
「だけど、龍だぜ? 聖獣の。傷つけたら天のお怒りに触れるんだろ?」
 その間にも龍はちょこちょこと攻撃を仕掛けてくるので、俺はそれをちょこまか飛び跳ねてかわしながら姐さんを振り返る。
「いや――」
 答えたのはオッサンだった。
「こやつには人の言葉が通じておらぬ。人語を解さぬは異端の龍、魔の証よ。遠慮することはない、存分にやってしまうがよかろう」
「ぞ、存分にかよ」
 俺がいちいち攻撃をかわすのが気に入らなかったか、龍は一声大きく吠えて翼を振るわせた。そうして、今までとは格段にスピードを上げて腕を叩きつけて来た。
「――確かに、害獣かも」
「じゃろ。さ、やってしまえ」
「しまえってもよー!」
 試しに腹に蹴りなんか入れてみながら、俺は不平を垂れた。案の定俺の蹴りなど痛くも痒くもないといった風情だ。素手でやり合うには、ちょっと無茶な相手じゃないかい? ましてや着替えたばっかりだ。この服まで駄目にしちまうのは避けたい。
 人語を解さぬ龍は魔の証。なるほどコイツは聖獣にしてはオツムが足りないようで、足元をちょろちょろする俺にばかり気を取られ、離れたところで見守る一団には目もくれようとしない。一度に二つ以上のことが出来ないタイプと見た。しかも、こう言っちゃぁナンだが聖獣にしては、弱い。攻撃も甘いし動きだって鈍い。先刻の石ころの方がよっぽど強敵だと言えそうだ。
 ただ問題はこの頑丈そうな鱗だ。いかに俺の拳と言えど、これを砕くような馬鹿力は持ち合わせていない。
「オッサン、武器出してよ」
「だらしがないことよの、拳で片付けられんのか」
「つけられるかよ!」
 オッサンは跪き、掌を地面に翳して何やら唱えた。いわば自然界のエネルギーを結晶化するその魔法でオッサンが創り出してくれたのは、まさに俺が今必要としている一振りの剣だった。
 元来素手で闘う武術しか身につけてない俺は、正直言って剣の扱いに長けているとは言い難い。が、素手じゃあどうしたって敵わない相手だってあるわけで、そんな時には急ごしらえの武器を調達してもらうわけだ。
「オッサン、投げろ! 姐さん、俺が剣受け取ったらコイツの目ン玉に火ィ点けて!」
 二人は同時に頷き、オッサンが取り出した剣を放り投げる。俺は一度軽く膝を屈めて反動を付け、空中の剣に飛びついて柄を握った。ボウ、と音を立てて火の玉が俺の横を掠めて行く。
 姐さんの放った火の玉は龍の右目を直撃した。睫毛が燃えてる。すかさずぶつけられた二発目が今度は左目を襲った。龍が甲高い悲鳴を上げて蹲ったのを見て、俺は両手で剣を構えて飛び上がった。落下する重力に任せて龍の首根っこを斬りつける。ズズッ、ズズッ、と重たい音を立てて刃が首筋にめり込む。声帯を傷付けられたからだろう、もう龍は声を上げない。その代わりに長い尻尾を大きく反らせてめちゃくちゃに振り回したので、俺は迂闊にも横っ面を叩かれた拍子に転げてしまった。
 途中まで切込みを入れられた形で剣を突き刺したままの首を、龍が持ち上げた。が、頭の重みを支えきれずにがくりと首が折れる。その拍子にぽろりと抜け落ちた剣を拾い上げ、俺はその傷口に再度斬りかかった。
 どさりと音を立てて頭が落ちる。首から上を失った身体はしばらく悪あがきのように尻尾や腕をじたばたさせていたが、やがて、頭の何倍もの派手な音を立てて後ろにひっくり返った。ぴくぴくと痙攣していた爪先が動かなくなったのを見て、更に念のためその足の裏を指先で軽くくすぐってみる。反応はない。
「殺ッちまった……。龍を」
 本当に良かったんだろうな、と俺はオッサンに念を押した。信心はないが俺は結構迷信深いのだ。
「問題ない。見るがいい、赤黒い血が流れておろう」
「おう」
「聖獣の血はとろりとした銀色と相場が決まっておる。こやつは、姿こそ龍じゃが、ただの物の怪じゃよ」
 銀色の血が云々って話は、確かに聞いたことがある。聖獣の流す銀色の生き血に剣や槍を浸すと、たちどころにどんな鎧でも盾でも貫く最強の武器になると言う。だが聖獣に血など流させた日にはたちどころにその人間は呪われるという謂れもあるわけで、その生き血にありつけるのはほんの一握りの、聖獣自らが主と認めた人間だけだ。主のためになら彼らは自らの爪でその身を傷付けて血を提供すると言う。
 然るにオッサンの言うとおり、赤黒い血溜りをこしらえているこの生き物は『聖なる』龍などでは有り得ない。俺はほっと胸を撫で下ろし、手にしていた剣を地面に突き立てた。魔力によって形を保っていた剣は、役目を終えて地に還って行った。
「じゃあ、その頭と鏃を持って戻りましょう。お嬢ちゃん、あの血、止めて」
 姐さんがてきぱきと言った。嬢ちゃんが龍の首めがけて呪文を放る。治癒魔法の変種で止血のために血液を凝固させる効果がある。見る間に龍の首はかさぶたで覆われた。姐さんが荷物の中から大きな麻袋を取り出して首を転がすようにしながら押し込めた。口を縛った紐の一方を長く垂らし、引き摺って歩けるよう調節する。当たり前のようにその紐の先を俺に放るので、麓の村まで生首を引き摺る役目は俺が担う羽目になった。
 
 俺たちが持ち帰った首に鏃の痕跡を見て取ると、村長はコイツに間違いないと頷いて報酬の入った袋を寄越した。姐さんはさっそくそれを受け取り、口を開けて硬貨を数え始めた。
「気を悪くしたらゴメンナサイね。でもこういうことは、きちんとしとかないと」
「構いませんよ。約束の額があることをお確かめ下さい。ときに、このケモノは一体どういう生き物だったのですかな?」
 俺とオッサンは顔を見合わせた。龍の一種だと言ったら話はややこしくなりそうだ。俺だって龍に『聖獣』以外の種類がいるなんて知らなかったんだから。どう答えようか考えあぐねる俺を尻目に、オッサンは涼しい顔で言ってのけた。
「さあ、何しろ魔物ですからの。トカゲの変種ではなかろうかと推察致しましたが」
「なるほど……」
「――はい、確かに契約額ちょうど、受領いたしました」
 ちょうど金勘定を終えた姐さんが、そう言って硬貨を袋に戻しながら立ち上がった。走り書きの受領書を差し出すと、村長は受け取って袂に入れた。
 受領書に記された金額とこれまでの蓄えの合計を頭の中で弾く。目標額達成だ。お祝いに今夜は豪勢な宿でご馳走を頂く余裕すらある。
 しかし身についた倹約魂と言うのはなかなか抜けないものだ。俺たちは結局その晩もいつもと変わらぬ安宿を手配し、乾物の非常食に毛の生えた程度の食事をすませると、早々に床に就いたのだった。

 


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